2014年11月18日

篠山城跡

1609年(慶長14年)徳川家康が天下普請で築いた城で、篠山盆地中心部の丘陵である笹山を築城地と定め、築城の名手・藤堂高虎を縄張りとし、普請総奉行を池田輝政が務め、15か国20の大名の助役による天下普請によりわずか6カ月で築かせた平山城。
松平康重が初代城主。丹波最大の城郭と城下町ができたが、それにともなって八上城は廃城となった。
以後、松平三家八代、青山家六代の居城として明治を迎えた。
現在、建物はすべて失われたが、石垣や外堀は残っています。なお城主の青山氏をまつる青山神社が本丸址にある。
平成11年4月に2の丸に大書院が復元された。
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駐車場に車を停めて
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黒ハート黒ハート
《篠山城》・・・兵庫県篠山市
別名:桐ヶ城
城郭構造:輪郭式平山城
天守構造:建造されず
築城主:徳川家康
築城年:1609年(慶長14年)
主な城主:松平氏、青山氏
廃城年:1871年(明治4年)
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石垣
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入ったとこ
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大書院(復元)への入口
城跡での御殿の復元事例は珍しく、京都の二条城[二の丸御殿]に似ています。
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二の丸御殿庭園
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二の丸御殿庭園
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裏戸
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石垣の下の内堀端に「犬走り」が巡ります。
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築城に携わった大名が刻まれている、石垣の刻印
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裏戸
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篠山城本丸跡 看板
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本丸の南東角にある天守台への階段
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天守台
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戦国時代に当地を治めた波多野(はだの)氏の居城が見えます。
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【南馬出(みなみうまだし)】東日本で多用された馬出の遺構が、篠山城には現存しています。
虎口(城の戦闘用出入口)の外側に曲輪を築いて防御力を高めたもので、前方の堀と土塁で囲われた城内の出入口は、馬出によって堅固に守られていました。
H26.11.18
posted by しろにゃん at 00:00| Comment(0) | お城 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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