2014年08月20日

有岡城跡

黒ハート黒ハート
兵庫県伊丹市
伊丹城は、有岡城ともいう。兵庫県伊丹市にある城。

城郭構造・・・平城
天守構造・・・不明
築城主・・・伊丹氏
築城年・・・南北朝時代
主な改修者・・・荒木村重
主な城主・・・伊丹氏、荒木村重、池田之助
廃城年・・・天正11年(1583年)
遺構・・・石垣、土塁、堀

1574年、織田信長の武将である荒木村重が伊丹氏を破って入城し『有岡城』と改名した城です。
有岡城は、城下町全体を土塁で囲み、北・西・南に砦を配置した『総構(そうがまえ)』の城。
村重は、入城して4年後に信長に対し謀反を起します。
秀吉は、荒木村重と仲の良かった黒田(孝高)官兵衛を説得に行かせたのですが、逆に土牢に監禁されてしまいました。
その結果、信長の大軍に包囲され約10ヵ月間に渡って攻防戦の末、落城しました。
450年前に、ここで「有岡城の戦い」があったのですね。

黒田官兵衛が城内にあった牢内に幽閉されていた時期があった様ですが、その牢はどのあたりにあったのか??全く判りませんでした。
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官兵衛の家紋になっている藤の花。藤棚がありますが、この藤は姫路城から株分けしてここに植えられたと書いていました。
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JR伊丹駅から繋がっている歩道橋の上から。。。
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写真右手奥の白い建物のすぐ奥に、運転免許更新センターがあります。
ここはよく通る道で、このこんもりした森も何度も見ているのですが、まさかここに有岡城があったなんて全く知りませんでした。
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posted by しろにゃん at 11:54| Comment(10) | お城 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
有岡城、官兵衛を見て初めて知りました。
幽閉された牢跡は残っていないのでしょうか?
なにか案内があるといいのに、、、。

荒村寺、家内の親しい友人の実家です。
土日は観光客が来て大変なようです。
Posted by 庄助 at 2014年08月20日 15:14
庄助さんへ
私も大河ドラマを見るまで有岡城を知りませんでした。
ここは免許更新に行く時に何度も見たことのある場所だったのですが。。
牢跡、探してみたのですが見つかりませんでした。
案内板があるといいですよねぇ。

こうそんじ・・・タイムリーな話題ですからやはり観光客が多いのですね。
Posted by しろにゃん at 2014年08月20日 19:18
ママさん おっはよー
閉じ込められた時に窓から見ていた藤がのちの家紋に、
お城を訪れたら牢獄のあと探しますね。
天満の屋敷跡、大徳寺の非公開の「龍光院」など官兵衛にまつわる地を
巡るのもドラマの醍醐味かなと思います。
日本史で習っても”ふーん”くらいな武将も”へ〜”に変わるおもしろさです。
映画「清洲会議」をみたからなおさらの興味かもしれません。
それに、父の出身地「姫路」でもあるし、親戚が「黒田」苗字でもあるからかな?
官兵衛の末裔ではないですが^^
荒木村重から今、明智光秀に興味が移行してます^^v

お城大好きなんで、こちらにもおじゃまさせていただきますね。
Posted by ふうこ at 2014年08月21日 08:01
ふうこさんへ
和の花では、藤の花と萩の花が大好きなのでとても興味があります。
城跡の階段を上る途中に萩の木がいっぱい植わっていたのも印象的でした。

「清州会議」私も観ました。
さすが三谷幸喜映画って感じがしましたよね。。
明智光秀。。。

ふうこさんもお城好きなのですね。
一緒に盛り上がりましょうV(^-^)V
Posted by しろにゃん at 2014年08月21日 09:33
しろニャン様
身近なところに石垣のしっかりしたお城がいくつもあっていいですね。
「大河ドラマ」も「清洲会議」も観てませんが、話題の「牢屋」...気になります(笑)
TSUTAYAでレンタルしてそのうち一気見しますね。(篤姫も龍馬伝も一気見でしたので)

藤と萩ということは、春と秋が格段に美しいのでしょうね。
しろニャンさんがお城好きということは、前世はどこかの姫だったのでしょうか....。
ロマンありますよね..♫•*¨*•.+。:.゚ヽ(*´∀`)ノ゚.:。+゚
Posted by 珍 at 2014年08月22日 23:48
にゃん姫さま おはようございます^^
官兵衛つながりで、21日の朝刊には「後藤又兵衛」の子孫なる方の記事があったり、
昨日の朝刊には、秀吉のおい「豊臣秀次」の供養塔の一部が発見されたの記事。
今までならスルーだったのも、気になるようになってきました。
日本史などの授業で流れ作業のように覚えたものでは興味も半減だったんでしょうね。
今後は、大人の”歴史”で楽しめそうです。
10月からは、カルチャーセンターの講座を受講するので”歴女”目指します。
Posted by ふうこ at 2014年08月23日 08:46
珍さんへ
ほ〜ほっほっほっほっほっほっほ
前世はどこかの姫だったのかしら〜??
すごく嬉しい。。
じゃあ〜どこの姫がいいかな??って妄想することにします。。

戦国時代にあんなに豪華なきものが着られるなんて、それだけを思うとシアワセ。
でも、時代に翻弄されて自分の命をも投げ出して・・・
昔の人は強いですね。
“自害”なんて考えるだけでも怖いし、そんな勇気もありません。
Posted by しろにゃん at 2014年08月23日 21:52
ふうこさんへ
「後藤又兵衛の子孫の方の記事」・・・興味があります。。
時代はずっと繋がっているのですものね。
織田信長の血筋を引く織田信成くんはスケーターだし、
そう思うと、歴史ってすごいですよね〜。。
10月からカルチャースクールで歴史を勉強されるのですか??
私も教えてくださいね。。
めざせ“歴女”
Posted by しろにゃん at 2014年08月23日 21:57
ふうこサンと同じナゴヤ人で同じ中日新聞ですからワタシもその記事読みました
ちなみにゆくゆくは官兵衛の息子長政と又兵衛は仲たがいをし袂を分かつとか??

有岡城…灯台下暗し、でしたね
Posted by imno1 at 2014年08月26日 11:05
imno1さんへ
長政と又兵衛の仲たがいは、それぞれの性格が違うからなのでしょうか??
幼少の頃から違っていましたねぇ。
頭脳派の官兵衛と長政もしばしば意見が合わなかったとか・・・
親子でも性格は違うもので、全く同じ考えを持つ親子なんて珍しいかも知れません。

有岡城は、本当にビックリでした。
あれが有岡城跡だったとは・・・。
Posted by しろにゃん at 2014年08月28日 09:05
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