2015年05月17日

安土城址

黒ハート黒ハート黒ハート黒ハート黒ハート黒ハート黒ハート黒ハート
《安土城址》・・・滋賀県近江八幡市安土町

城郭構造:山城
天守構造:望楼型地上6階地下1階(1579年・非現存)
築城主:織田信長
築城年:1576年(天正4年)
主な改修者:羽柴秀吉
廃城年:1585年(天正13年)
遺構:天守台、曲輪、石垣、堀

地下1階地上6階建てで、天主の高さが約32メートル。それまでの城にはない独創的な意匠で絢爛豪華な城であったと推測されている

この城を築城した目的は、岐阜城よりも京に近く、琵琶湖の水運も利用できるため利便性があり、加えて北陸街道から京への要衝に位置していたことから、「越前・加賀の一向一揆に備えるため」あるいは「上杉謙信への警戒のため」などと推察されている。城郭の規模、容姿は、太田牛一や宣教師の記述にあるように天下布武(信長の天下統一事業)を象徴し、一目にして人々に知らしめるものであり、山頂の天主に信長が起居、その家族も本丸付近で生活し、家臣は山腹あるいは城下の屋敷に居住していたとされる。


安土城シアターダイジェスト



posted by しろにゃん at 00:00| Comment(4) | お城 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
しろにゃん様、ご無沙汰しております。
安土城址、行かれたのですね。
シアターダイジェストも始めてみます。
いいですね。空想が広がって、鳥になった気分になりました。

かれこれ5〜6年も前になるでしょうか。
私も以前勤めていた会社の同僚と、女3人で日帰りで行きました。

近くに「信長の館」という観光の建物があるのですが、そこに安土城の5階6階(天守閣)を復元した部屋がありました。
1階には高さ1mくらいの安土城の模型があり、電動で縦半分、左右まっ二つに分かれる仕組みになっていて
安土城の全階を一望できるようになっていました。
その模型の天守閣の真ん中(左右に分かれるギリギリの片方に小さな模型の信長が座っているんですよ(笑)

まさか、そんなところで信長を仰ぎ見ることになろうとは!
つい、「殿っ!」「殿があんなところにっ!」と叫んでしまいました(笑)

現地では、赤煉瓦色をした蒟蒻をお土産に購入しましたが、しろにゃんさんはその赤蒟蒻ご存知ですか。
福井の食べ物では見たことのない赤色に衝撃を受けましたが、味はまぁ...おいしかったです(笑)

すいません。何だか懐かしい思い出が甦ってしまい綴ってしまいました。
コメントは残していませんが、時折ブログは拝見させていただいています。
では、また、楽しみにしています。
Posted by at 2015年06月06日 20:02
珍さまへ
コメントありがとうございました〜。
観に来てくださっていたのですね。
またコメント残してくださいね。

私も、その『信長の館』行きましたよV
行って良かったです。
安土城址だけでは、実際にどんな風に城が建っていたのかよく判らなかったけど、CGを見て「あぁ、なるほどここんな風だったのか」と感動しました。。

赤蒟蒻は以前食べたことがあったので知っていました。
あの色にも衝撃を受けますよね。
Posted by しろにゃん at 2015年06月14日 22:55
シアターダイジェスト初めて見ました、なかなかすごいですね。
小学5年3学期〜中一1学期まで安土に住んでいたので懐かしいです。

放課後よく、大手道ではない西側のそう見寺側の「西面の道」のそう見寺の山門の屋根裏に登ったり、三重塔あたりで遊んでいました。
同級生たちは、信長が殺されず天下統一していたら安土は日本の首都になっていたというようなことをよく言っていました。(笑
Posted by 庄助 at 2015年06月23日 11:38
庄助さんへ
そうなんですね〜。。
歴史のある場所で過ごされたなんて、羨ましい限りです。

素晴らしいお城だったと思います。
石垣を見ても、いかに壮大な城だったか想像がつきました。
信長が天下統一していたら、どうなっていたのでしょうね〜。
謎は謎のままが神秘的で楽しいですね。
Posted by しろにゃん at 2015年06月30日 11:02
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。